「ママ、生きてて良かったね」1冊の絵本が運ぶクリスマス

「ママ、生きてて良かったね」1冊の絵本が運ぶクリスマス
「ママ、生きてて良かったね」
去年のクリスマス、ふだん言葉数の少ない小学生の息子に言われて驚いた母親。思わずこぼれそうになった涙をこらえて答えました。
「そうだよ、生きていれば良いことってあるんだよ」

リレーのバトンのように1冊の絵本が届くとき、贈られる側にも、贈る側にも笑顔が生まれる。ことしの冬の、それぞれの物語です。
(社会部記者 杉本志織)

「誰かのため」のサンタクロース

冷え込み始めた12月上旬、友人と書店を訪れたのは都内で生花店を営む山岡まりさん(55)。

“サンタクロース”になって、ことしで6年目になります。

山岡さんが「ブックサンタ」という取り組みを聞いたのは5年前のこと。

「あなたも誰かのサンタクロース」を合言葉に、クリスマスに自分が選んだ絵本を経済的に困窮する家庭などの子どもたちに贈ろうと、NPO法人が始めたものでした。
取り組みに参加する書店で絵本や児童書を購入すると、各地の拠点に送られます。

その後、応募があった家庭の子どもたちの年齢などに応じて選書されたのち、支援団体やボランティアのサンタクロースによって届けられる仕組みです。
山岡まりさん
「楽しく本を読んでほしいなって。絵本を読んでいる間に暗いことってあまり考えないと思うので、そういう時間だけでもプレゼントになるんじゃないかなと思います。誰かはわからないけど誰かのためにプレゼントを贈るというのは、私にとってもすごく大事な行事になっています」
生花店を営んで17年目になりますが、コロナ禍で厳しい時間を過ごしてきました。

取引先の飲食店が営業できなくなり、人が集まって花を贈る機会も減り、売り上げは3割ほど減少。

そこに物価高による仕入れ値の高騰が追い打ちをかけました。

それでもことしは正月とお盆に、久しぶりに高齢の両親と会うことができたといいます。
山岡まりさん
「人に会う機会が増えたからこそ、また何か人にしてあげたいという気持ちが高まりました。こんな世の中ですし、コロナ禍で私自身も翻弄されたここ数年ですが、それはみんなにも起きていることで。やっぱり大事なことって、こういうあったかい気持ちだったりするのかなと思います」

「クリスマスなんて…」を変えたくて

このプロジェクトを始めたのはNPO法人「チャリティーサンタ」の代表、清輔夏輝さんです(38)。

子どもを社会全体で支えるための活動をしてきた中で、困窮する家庭から「クリスマスなんて来なければいいのに」という声を多く聞いたことがきっかけでした。
NPO法人「チャリティーサンタ」代表 清輔夏輝さん
「クリスマスの準備ができず、ケーキもない、プレゼントもない、ツリーもない、ただの普通の1日でしかないという家庭があることが年々わかってきた。子どもの気持ちに立って考えると、学校や保育園、幼稚園で『きのう何もらった』『サンタさん、どうだった』と話が出た時に、何も言えずに下を向いてる子どもたちがいるというのは、何とかしたいと考えました」
最初は800冊から始まりましたが、去年はおよそ3万5000冊に。

参加書店も58店から6年目の今年は779店舗に増え、初めて47都道府県すべてに広がりました。

一方で、ことしは長引くコロナ禍の影響に加えて物価高も響き、家庭から寄せられる声は、去年以上に切実さが増しているといいます。
「収入が上がらないけど、物価は上がり普段の生活品や食費でギリギリになっていて、プレゼントの用意をしてあげられる余裕がない」

「娘が生まれてからクリスマスプレゼントを用意出来た事がありません。サンタクロースという存在は知っていますが自分の所には来ないと思っています」

「事情を理解して我慢をしすぎてしまう健気な7歳の娘にとびきりのサプライズを贈りたいです」
NPO法人「チャリティーサンタ」代表 清輔夏輝さん
「社会は結構大変な状況にあって、それはどの家庭も一緒だと思いますが、クリスマスはどんな子どもたちも楽しみにして笑顔で迎えられる日にしたいと願っています。いろんな方たちの思いがあって届くので、まさに本というプレゼントを通じて“思いのバトン”が続いていくと感じています」

「ママ、生きてて良かったね」

そんな思いに支えられている親子がいます。

11歳の息子と3歳の娘と3人で暮らす、やすこさん(37)。

契約社員として働いていますが、コロナ禍で仕事が減り、収入が減少。

さらに物価高も加わり、児童扶養手当をもらっても生活は厳しく、家賃を支払うと数万円しか残らない月もあるといいます。
やすこさん
「光熱費も最近あがってしまっているので、本当に厳しく切羽詰まっています。息子はお肉が大好きですがあまり買えないので、ごはんにふりかけをかけたり食パンを1枚、夜に食べたりしていることもあります。本を買うぐらいだったら食費に、となってしまう。生きるために」
砂糖をかけて焼いたトーストをケーキの代わりにした去年のクリスマス。

子どもたちがとびっきりの笑顔を見せたのは、ブックサンタのサンタクロースが絵本を届けに来てくれたときのことでした。
やすこさん
「本当に目がキラキラして。長男が本をもらった時に最初に言った言葉が『ママ、生きてて良かったね』という言葉だったんです。びっくりして、それぐらい何か思い詰めていたんだなって。『そうだよ、生きていれば良いことってあるんだよ』と答えたんですけど、生きる源みたいな感じだったので、あーすごいなあって思いました」
「サンタさんってホントにいるんだね」

そういって喜んだ子どもたち。

翌日、学校や保育園でも「プレゼントもらったよ」「サンタさん来たんだよ」と話していたといいます。

その後も、サンタさんの話はことあるごとに家族の話題にのぼり、もらった絵本は何度も何度も繰り返し読みました。

去年以上に厳しい状況で、誕生日もプレゼントを用意できなかった今年、もしまたサンタさんが来てくれたなら…願うような気持ちで応募したといいます。
やすこさん
「用意して下さった皆さんの思いが詰まっているのをひしひし感じます。子どもたちの笑顔が私の中で一番の生きがいで、本をもらったときの顔は、本当だったら動画で撮って記録したいくらいでした。あの笑顔がまた見たいです」

広がる“サンタ”の輪

そんな声に応えようと、その輪は広がっています。

今年から参加書店となった東京・町田市などで書店6店を経営する井之上健浩さん(40)。

以前から地元の児童養護施設に本を届ける取り組みを続けてきましたが、「ブックサンタ」を知り、全国の子どもたちのもとにも届けられると考えました。
書店経営者 井之上健浩さん
「我々が予想した以上に、たくさんの本が集まり驚いています。子どもたちって絵本を読んでいる時や、本を選んでいる時、本当に目がキラキラしていると感じます。1人でも多くの子どもたちに本が届けられることは、大人にとっても幸せな企画だと思っています」
書店はネット通販や電子書籍に押され、厳しい経営環境が続いているといいますが、「本」という存在を改めて見つめ直す機会にもなっているといいます。
書店経営者 井之上健浩さん
「生活必需品の値段も高騰し、生きていく上で絶対に必要なものを買うと、どうしても楽しむためのお金というのは削らざるを得ないのかなと。ただ本もいろんな種類の本があって、特に絵本とか児童書というのは子どもにとって成長に必要な一部で、これだと思った本は一生ものになると思っています」

初めての“サンタ” 贈る喜び

社会人になって2年目のことし、初めて“サンタ”になったのは警察犬の訓練士として働く崎野優輝さん(22)。

愛知県で専門学校を卒業後、去年4月から横浜市の警察犬の訓練所で働いています。

慣れない土地での初めての仕事。去年は余裕もないまま必死に走り続けた1年でした。
それでも2年目のことし、初めて訓練している犬と心を通わせられていると感じるようになったといいます。

そんな時に知ったのが「ブックサンタ」の取り組みでした。
子どものころ、親が共働きで1人で家で過ごすことが多かったといいますが、絵本の世界に入ることで1人じゃないと感じられたといいます。
崎野優輝さん
「逆境とかいろいろあると思うんですけど、本を読んで集中してその世界に浸ってもらいたいなと。雨の日とか、1人でいるときとか。いつも送っている日常とは別の世界が本の中にはあるので、僕自身にとっても大事なものだと思っています」
そして、崎野さんは贈ることを通じて、贈る側も大切なものをもらっていると話します。
崎野優輝さん
「僕自身がサンタになって子どもたちに届けてみて感じるのは、ただ贈っているだけではないうれしさがあるということ。この1年はずっと仕事や自分のことが多かったので、間接的ですけど他の人に触れるというのは自分の気持ちにプラスになります。またこういう取り組みができるんだったら、明日から頑張って、来年も再来年も同じことができたらなぁって。寒い時期ですけど、心自体はすごくあったかい感じです」

取材後記

大変なことも多かったこの1年。

それでも子どもたちの笑顔を思い浮かべながら本を選ぶみなさんの表情はとても柔らかく、1冊の本がいくつもの笑顔を生み出しているのだと感じました。

NPO法人ではことしは5万冊を目標に、12月24日まで本の寄付を募っているということです。

また、ほかにも子どもたちにプレゼントを贈るさまざまな取り組みが広がっています。

私も誰かのためのサンタクロースになりたい、そう感じた今年の冬でした。
社会部記者
杉本志織
平成25年入局
鹿児島局、大阪局を経て現所属
子どもや教育に関する取材を担当